大 隅 史 談 会

   ―平成26年度月例会― 

       
第6回 10月例会

   日 時   1026日(日) 13:30〜16:30

   タイトル  1 .朝倉姓八木氏系図について

          2. 橋口六郎右衛門書翰

   発表者    橋口 滿

   会 場  
 鹿屋市東地区学習センター

 
   参加料  500円(資料代ほか)


   
※会場アクセス…私立鹿屋中央高校より南へ約200b左側。
   ※問い合わせ先…松下(0994−49−2360又は090−2083−2360)



 発表者 橋口 滿氏
  ※手前の机の上に並べられている書籍はすべて橋口氏の作品。鹿児島方言の研究者で   方言に関する研究書だけでも20冊は下らない。とくに一番手前に見える箱入の分厚い『   鹿児島方言大辞典』(上下二巻)は南日本文化賞を授賞し、さらにその功績により県民    表彰(特別賞)を受けておられる。
    そのほかに『ゴンザ漂流記』『甑島移住史』『鹿児島の品格』など歴史や啓蒙書など多
   数の著書がある。
 

 
【発表内容】

  3時間近くにわたり、三つのテーマを話された。

(1)方言研究
  大隅町立岩川中学校の1年生の時に、他所の小学校から入学して来た同級生たちの話し言葉が自分たちの地区のものと違いがあるのに興味を持ち、メモをするようになったのが方言研究のきっかけとなった。
  以来50年余り、千葉県の教員に奉職の傍ら、鹿児島に帰って来ては方言採取に励み、県内で採録に回った箇所は五千、話をしてもらった人は一万人を超えるという。その結実が上掲書の数々である。しかしいまだ終着点は無いように思っている。

(2)大隅町中之内梶ヶ野に多い「八木氏」の系図をめぐって
  母方の祖母の高祖父(自分から数えて6代前)の「八木権之助」から始まる梶ヶ野の八木氏の系譜は一般的には「朝倉姓」であるが、町誌に載る朝倉姓八木氏の系図に当てはまらない系図があり、別系の「平姓八木氏」が有り、むしろその系譜ではないかと今は考えている。

(3)橋口六郎右衛門の書翰について
  父方の橋口はもと高知県中村市の中村城に居城した土佐一条家の描裔である。一条家は藤原鎌足の末裔で、一条教房のとき所領のあった土佐幡多郡に下った。
 天正2(1574)年、教房より6代目の康弘は薩摩国甑島郷の下甑島へ下向し土着した。そして橋口萬右衛門季弘と名乗り、子孫は代々村の庄屋等の要職を務めた。
 しかし8代目の七右衛門の時に大飢饉(天明時代)に遭い、島を離れ串良郷の富ヶ尾に移住した。その数47家あったという。

 今回肝付町の江口家(鈴木流やわら指南役家)で見つかった書翰を書いた橋口六郎右衛門の素性は辿れないでいるが、書面に登場する上山八郎と橋口清左衛門についてはある程度分かっており、貴重な史料となった。
 特に橋口清左衛門は橋口氏の高祖父(5代前)・橋口仲兵衛の弟で実名・良吉である。清左衛門は大崎郷士・入部平八の養子となり入部清左衛門兼吉を名乗った。明治42年(1909)に私財千数百円を投じて高隈から大崎まで水を引いて村民を利している。
 本書簡はやわら史のみならず、幕末の郷士の生活の一面を描写しており、郷土史研究にも有用であろう。
                                       (この項終り)

         目次に戻る