大 隅 史 談 会

      ―平成27年度月例会― 

          
第9回 2月例会

     日 時   平成28年228日(日) 13:30~16:30

     タイトル  
 平成27年度大隅地区発掘調査概要
                     ―町田堀遺跡を中心に―


     発表者    中村耕治(元鹿児島県埋蔵文化財センター次長)

     会 場  
 鹿屋市 東地区学習センター

     参加料   500円(資料代ほか)



   
※会場アクセス…私立鹿屋中央高校より南へ約200㍍左側。
   ※問い合わせ先…松下(0994-49-2360又は090-2083-2360)


   【発表要旨】                       講師 中村耕治氏
                                
(前鹿児島県埋蔵文化センター次長)

○町田堀遺跡について
 昭和50年代の大隅地区遺跡分布調査により、串良川に面する台地縁辺部に数多くの遺跡が確認されているが、東九州自動車道の建設に伴う発掘調査のうち鹿屋市細山田地区では多くの遺跡があり、町田堀遺跡はその一つである。
 平成25年度の発掘調査で縄文後期・晩期、弥生時代前期・中期、古墳時代、古代の遺構と遺物が出た。
 遺物の中で特徴的なのは縄文後期後半の中岳Ⅱ式土器を伴う住居跡、集石遺構、埋設土器などが確認され同土器の時期の様相が明確になった。また2号住居跡からは磨製石刀が見つかり、石刀の時代が同土器の縄文後期後半であったことが明らかになった。そのほかに新潟県糸魚川産のヒスイを加工した垂れ飾りが見つかっており、当時の広範な交流がうかがえた。
 弥生中期では竪穴住居跡(3軒)の埋土の上層に開聞岳起源の暗紫コラ(約2000年前)の堆積が認められ、錦江町(旧大根占町)山ノ口遺跡と同時代の年代であることが分かった(※開門岳由来の火山灰層は暗紫コラ・青コラ=7世紀後半・紫コラ=874年がよく知られている。)
 古墳時代では南九州特有の地下式横穴墓が88基と土壙墓が2基検出された。地下式横穴墓では立小野堀遺跡の190基に次いで多い数である。今回は面的な調査であったため地下式でも円形周溝を伴うもの(県内初)や周溝部分に竪穴を掘る事例も確認された。同様に祭祀空間・土器破砕祭祀などの存在が明確になった。この破砕には大型の二重口縁壺がよく使われ、当該壺は祭祀破砕のためだけに作られた可能性があろう。
 古墳時代の南九州では「異形鉄器」と呼ばれる鉄の矢じりが出土するが、この遺跡でも見つかっている。
実用にはあまりに大きすぎるので、威信財か埋葬用につくられたものであろう。
 これまで内陸部にある小型の地下式横穴墓は時期が新しいと考えられてきたが、初期須恵器を伴うものが多く、5世紀前半代可能性が出て来た。この時期のものでは岡崎18号墳の周溝につくられた1号地下式横穴墓、塚崎31号墳の周溝につくられた地下式横穴墓が知られるが、町田堀遺跡では初期須恵器は出ていないものの成川式土器の東原式段階の坩堝と高坏の伴う地下式横穴墓が存在するので、5世紀前半からつくられていることが判明した。
 町田堀遺跡の地下式横穴墓の存続期間についてみると、土器や鉄鏃の年代観から5世紀前半代からつくられ始めるにしても鉄鏃の中に長頸鏃等の新しい資料が見られず、また土器にもあたらしい要素が見られないことから5世紀代の短期間であった可能性が高い。


○東九州自動車道建設に伴い行われた発掘調査概要
  (志布志IC~鹿屋串良JCT間の調査済および調査中の遺跡17か所)

    ・凡例:時代=縄は縄文、弥は弥生、旧は旧石器を表す。○○式は指標土器の名称。
遺跡名 所在地 時代 概要
石縊
H20~21
鹿屋市串良町
標高140m・台地縁辺
縄早
弥中
集積遺構・岩本式・前平式・志風頭式・石坂式・平栫式
須玖式・山ノ口式
十三塚
H20~21
鹿屋市串良町
標高140m・台地縁辺
縄早
 後
 晩
弥中
石坂式
凹線文土器・市来式・三万田式
黒川式
竪穴住居跡・掘立柱建物跡・土坑・山ノ口式・勾玉・鉄鏃
立小野堀
H22~
鹿屋市串良町
標高125m・台地縁辺
縄前
 後
 晩
古墳
深浦式
市来式
黒川式
地下式横穴墓(190基)・土壙墓・溝状遺構・鉄器
青銅製鈴・初期須恵器
田原迫ノ上
H22~
鹿屋市串良町
標高120m・台地縁辺
縄早
 
 後
 晩
弥中
竪穴住居跡・連穴土坑・集石遺構・落とし穴・石器製作
跡・前平式・吉田式・石坂式・賽ノ神式
落とし穴・指宿式・市来式
黒川式
竪穴住居跡・大型建物・掘立柱建物跡・円形周溝・方形周溝・山ノ口式・土製勾玉・鉄器
牧山
H25~
鹿屋市串良町
標高110m・台地縁辺
 旧
縄早
 前
 後
 晩
弥中
中世
剥片
集石遺構・石器製作跡・吉田式・石坂式
埋設土器(轟式)
土坑・西平式・市来式・丸尾式・中岳Ⅱ式
入佐式
山ノ口式
青磁
町田堀
H25~
鹿屋市串良町
標高90m・台地縁辺
縄早
 後

 
 晩
弥前
 中
古墳
集石遺構・下剥峯式・平栫式
竪穴住居跡・埋設土器・落とし穴・土坑・石斧集積遺構
・石刀・ヒスイ製垂飾・小玉・勾玉・管玉・中岳Ⅱ式
刻目突帯文土器
高橋式
竪穴住居跡・山ノ口式
竪穴住居跡(中津野式)・地下式横穴墓(88基・円形周溝墓等も含む)・溝状遺構・鉄器
川久保
H26~
鹿屋市串良町
標高30m・台地縁辺
縄前
 晩
弥中
古墳
古代
中世
轟式・曽畑式
黒川式・刻目突帯文土器
竪穴住居跡・下条式
竪穴住居跡・鍛冶工房跡・笹貫式・鞴羽口・高坏脚転用鞴羽口・鉄滓・勾玉・管玉
掘立柱建物跡・須恵器・土師器
掘立柱建物跡・青磁・白磁・瓦器椀(楠葉型)
小牧
H27~
鹿屋市串良町
標高60m・台地縁辺
縄早
 後

 晩
古墳
方形土坑・前平式・桑ノ丸式・下剥峯式
集石遺構・土坑・竪穴住居跡・埋設土器・指宿式・市来式・凹線文土器
黒川式・刻目突帯文土器
竪穴住居跡・勾玉・鉄鏃
京の塚
H25~27
曽於郡大崎町
標高90~100m
傾斜台地
縄早

 前
 中
 後
 晩
集石遺構・中原式・石坂式・下剥峯式・手向山式・押型文土器・平栫式・賽ノ神式
曽畑式
土坑群(約150基)・深浦式・近畿系の大歳山式・鷹島式・瀬戸内系の船元式・玦状耳飾り
入佐式・黒川式
10 永吉天神段
H24~
曽於郡大崎町
標高30m・河岸段丘
標高50m・台地縁辺
 旧
縄早
 晩
弥中

古墳
古代
中世
石器製作跡・礫群・尖頭器・ナイフ型石器
集石遺構・埋設土器
竪穴住居跡・落とし穴・土坑
竪穴住居跡・円形周溝墓を中心とした土壙墓群・掘立柱建物跡・土坑・入来式・山ノ口式・鉄鏃
竪穴住居跡・土坑・埋設土器・成川式
掘立柱建物跡・土坑・須恵器・土師器
掘立柱建物跡・土壙墓・大型土坑・火葬土坑・青磁・白磁・東播磨系須恵器・滑石製石鍋・銅鏡
11 荒園
H24~
曽於郡大崎町
標高30m・河岸段丘
標高50m・台地縁辺
 旧
縄早

弥中
古墳
古代(以前)
畦原型細石核・細石刃・水晶剥片
集石遺構・チップ集中区・前平式・下剥峯式・苦浜式・
平栫式・賽ノ神式
竪穴住居跡・吉ケ崎式・山ノ口式
竪穴住居跡(焼失家屋1軒含む)・笹貫式
埋土中に紫コラ(開聞岳起源AD874年)を含む片薬研堀の溝
12 宮脇
H27~
曽於郡大崎町
標高50mの大地
縄早 集石遺構・加栗山式・吉田式・下剥峯式・桑ノ丸式・平栫式・賽ノ神式
13 平良上C
H26~27
曽於郡大崎町
標高40m・台地縁辺
縄早 竪穴住居跡・連穴土坑・集石遺構・吉田式・石坂式・下剥峯式・平栫式・賽ノ神式
14 春日堀
H26~
志布志市有明町
標高27m・台地縁辺
縄早
古墳
古代
竪穴住居跡・集石遺構・連穴土坑・石坂式
竪穴住居跡・溝状遺構・須恵器
竪穴建物・掘立柱建物跡・溝状遺構・須恵器
15 木森
H26~
志布志市有明町
標高50m・台地縁辺
縄早 集石遺構
16 次五
H26~
志布志市志布志町  旧
縄早

平栫式
17 小牧古墳群
H27~
志布志市志布志町
標高95mの台地
縄早
弥中
押型文土器・賽ノ神式・集石遺構
                         (出典:中村耕治「町田堀遺跡」発表資料 H28.2.28)

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