持統紀を読む

※日本書紀第30巻の最後がこの持統天皇紀である。
 持統天皇は天武天皇の跡を襲って女帝となった。統治期間は11年。跡を孫の軽皇子に譲って
 退位した。


  
父母   父…天智天皇
        母…遠智娘(おちのいらつめ=蘇我山田石川麻呂の娘)


 
和風諡号  高天原広野姫(たかまのはらひろぬひめ)

   
     飛鳥浄御原宮ー藤原宮(8年=694年・12月6日遷宮)

   
夫君   天武天皇

   
墳墓   天武天皇の檜隈大内陵に合葬

 
皇子・皇女  草壁皇子


    <年代順の事績>

事績の概要 備考
即位前紀
天武15年
(朱鳥元年)
斉明天皇の3年(657)に大海人皇子の妃となり、天智天皇の元年(662)に草壁皇子を生んだ。同10年、天武と共に吉野宮へ入り、天智崩御の年には東国へ落ち延びたが、大友皇子の近江軍を破り、夫が天皇位に就いた。
9月9日、天武天皇が崩御。
・10月 大津皇子を謀反の罪で殺害する。
斉明天皇は祖母。天智天皇は父。大海人皇子は叔父にあたる。また大友皇子は従弟であり、大津皇子は実姉・大田皇女の子なので甥である。
元年
(687年)
3月〜4月 帰化してきた高句麗人56名を常陸へ、新羅人36名を 武蔵などに居住させる。
5月 大隅・阿多の隼人が天武天皇への誄進に到来する。
10月 大内陵を築く。
高句麗・新羅…高句麗は当然だが、敵対した新羅からも避難民があった。
2年
(688年)
2月 新羅使・金霜林らが新羅へ帰る。 金霜林…新羅の王子。前年の9月に到来した。
3年
(689年)
正月 筑紫大宰・粟田真人ら隼人174名および布・牛革・鹿皮などを貢進する。
4月 13日、皇太子・草壁皇子が逝去する。
閏8月 諸国に造籍を行わせ、兵士の調練を行わせる。
12月 双六を禁止する。
草壁皇子…持統の一人皇子。662年生まれなのでこの時は27歳。
双六…当時からすごろくは人気の遊びだったことが分かる。
4年
(690年)
正月元旦 即位。
4月 使いを遣わして広瀬大忌神龍田風神を祭る。
7月 高市皇子が太政大臣となる。
9月 上陽東Sの大伴博麻が唐から帰還する。
10月 大伴博麻の功労を賞し、官位・水田等を与える。
広瀬大忌神龍田風神…天武4年(675)に初めて祭ってから持統朝まで総回数28回を数える。
高市皇子…父・天武、母・胸形徳善の娘。母の出身がもっと高貴なら天皇位に就いてもおかしくない人物である。
5年
(691年)
・3月 奴婢に関する詔を出す。
・8月 18氏(大三輪・雀部・石上・藤原・石川・巨勢・膳部・春日・上毛野・大伴・紀伊・平群・羽田・阿倍・佐伯・采女・穂積・阿曇)に詔を出し、祖先の簒記(系譜と由来)を提出させる。
奴婢に関する詔…父母のために売られた場合以外はすべて良民として扱うように―という内容。
6年
(692年)
3月 中納言・三輪高市麿の中止の諫言にもかかわらず天皇は伊勢に行幸する。天下に大赦を布告する。
5月 23日、難波王ら藤原京造営の鎮祭を執行する。
閏5月 筑紫大宰に命じ、大隅・阿多に僧侶を派遣させる。また筑紫大宰に唐使・郭務宋が天智天皇を弔うため贈って来たという阿弥陀如来仏を送付させる。
 
郭務宋…カク・ムソウ。宋にはリッシン遍が付く。朝散大夫。天智3年(664)5月に唐使として初来日。倭軍敗戦の戦後処理に将軍・劉仁願と一緒にやって来た。
7年
(693年)
2月 新羅使・金江南ら新羅王の逝去を告げる。
3月 新羅への使者・息長真人老らに新羅王への供物を託す。
10月 親王以下の官人が所持すべき武具を定める。
新羅王の逝去…時の新羅王は第31代神文王。統治期間は681年から692年。
8年
(694年)
5月 金光明経100部ずつを諸国に配布し、毎年正月に読経を行わせる。
7月 諸国へ巡察使を派遣する。
12月 6日、藤原宮(京)へ遷る。
金光明経…聖武天皇の天平13年(741)3月、国分寺建立の詔を出したが、その時の経典がまさに金光明経(金光明最勝王経)である。
9年
(695年)
3月 文忌寸博勢および下訳語諸田を多禰島に派遣する。
5月 隼人大隅をもてなす。隼人の相撲を観戦する。
8月 小野毛野・伊吉博徳らを新羅へ派遣する。
隼人大隅…一見すると隼人の「大隅」という個人名にとられるが、大隅隼人の誤りだろう。
10年
(696年)
・7月 太政大臣・高市皇子の薨去。
・10月 右大臣・丹比真人に資人を120名、大納言・阿倍主人と同じく大伴御行に80名、石上麻呂と藤原不比等に50名を与える。
資人…つかいびと。仕える人の意味。召使・奴婢に相当する。
藤原不比等…奈良朝に大繁栄する藤原一族の要。これが初見である。
11年
(697年)
・2月 当麻国見が東宮大傅になり、路跡見が春宮大夫となる。
・3月 春宮のために盛大な祈祷の会を行う。
・8月 皇太子に天皇位を譲る。
東宮大傅・春宮大夫…どちらも皇太子の補佐役だが、前者は教導役であり、後者は春宮坊の管理者である。
皇太子…この皇太子とは孫の軽皇子(文武天皇)の事であるが、立太子についての記事はない。

    持統紀の項終り(以上で『日本書紀』の天皇紀については完結した。)     目次に戻る