肝付町立歴史民俗資料館

 昭和55年に創立された、旧高山町の歴史および民俗資料の収集展示
施設。

 収蔵品 人文科学資料が1034点、自然科学資料が2点の1036点
       自然科学資料は動物標本の2点のみ。
       人文科学資料は @古美術資料 105点 A考古学資料 
            403点 B歴史資料 29点 C民俗資料 430点
            Dその他の資料 67点        となっている。 

 開館時間 午前9時〜午後4時半
 休館日   原則として月曜日と祭日。他に12月28日〜1月4日。
 入館料   大人 100円  子供 50円(団体割引あり)

塚崎台地西北端に建つ資料館

 資料館の建つ塚崎台地は肝付山地の東部・国見山系の南麓に広がるシラス堆積地が、文字通り「舌状」に削り遺された海抜20〜25メートル、南北が1km東西が平均0,5kmの平坦な台地である。

 現在まで確認されているのは、高塚古墳が44基(うち前方後円墳5基)、地下式横穴墳が13基であるが、かってはもっとあったと言われている。畑の開墾、拡大などで、かなりの墳墓が調査前に失われているようである。

 これらの中で最大なのは、台地の付け根(最南部)近い花牟礼集落の中にある「花牟礼古墳」で、治山整形型の古いタイプという。全長67m、後円部の径33m、高さ9mを測る。造営年代は土器等の出土品がないので不明だが、4世紀代であろうという。塚崎古墳群全体が昭和22年に国指定史跡となったため、簡単に発掘するという訳にいかなくなったが、地域の歴史研究のためには残念なことである。

 それでも近年相次いで試掘調査が行われ、その結果思いがけない出土品が現れている。

 供献の小型丸底壺とその器台、初期の須恵器甕(二個)、高塚でもなく地下式でもない場所に設置された石棺などである。特に31号墳に供献されたと見られる初期の須恵器の甕は一つでもこの地方としては珍しいのに、二つ並んだ状態で出土したが、そうなると全国的に見ても稀有の事例だという。須恵器の本場は朝鮮半島というから、当時、交易によって入手したとすれば、朝鮮まで行ける船運が存在したはずである。

 神武東征が当地を含む日向(古日向)を出発点とした――というのも単なる神話ではなく、それだけの船運を差配することが可能な王者が実在したと考えれば、史実に近いのではないだろうか。

玄関部から民俗展示室を見る

一階の民俗資料展示

二階の歴史・考古資料展示

二階別室の古文書展示
手前が「守屋舎人日帳」
下の段は御仮屋文書

2階から北の肝付平野を望む
田んぼの遙か向こうは串良台
地で、岡崎古墳群がある

東から望む塚崎台地。東側
にはまだ手付かずの古墳が
台地の縁に並んでいる

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