佐多旧薬園 (国指定史跡)

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昭和7年に国の指定を受けた古い植物園である。
 
 薩摩藩25代島津重豪(しげひで)治世のころ(宝暦5=1755年〜天明7=1787年)の設立で、藩内にはこのほかにも山川と吉野にあったが現在なお当時のまま残っているのはここだけ。

 琉球以南でしか採れない薬草を、亜熱帯といわれる佐多の海岸部にほど近い伊座敷に最初に試し植えしたのは、設立の百年前に近い貞享年間(1684〜1687)のことだった。

 以来、竜眼(リュウガン)、レイシ、アカテツ、フトモモ、バンジロウなど異国情緒豊かな数々の薬草が栽培されてきた。そのほかにもゴムの木やクワズイモなどが植えられたが、これらは今日、到るところでお目にかかる。

 面積は4アール(約120坪)と広くはないが、入ってみると藩政時代の鹿児島の「国際性」の一端を味わうことができる。

根占川北の田の神と鬼丸神社

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 根占フェリー乗り場から根占大橋を渡り、信号を右折すると
国道269号で、佐多方面へ向かう。約1キロ行くと雄川橋が
あるから、その手前の信号を今度は左折して、旧田代町の
ある台地への道をとる。

 そこから2キロ強で、右手に雄川発電所入り口の標識を見
たら、反対の左へ折れる。すると前方にこんもりとした小山が見える。それが鬼丸神社の社叢林で、20メートルほど手前に目指す「根占川北の田の神」がある。

 正式には「根占川北久保の田の神」で、昭和43年に県の指定文化財になった。小ぶりな造りで、高さ81センチ、台座を入れて147センチ。笠を被った田の神である。

 建立は享保16(1731)年で、年代の分かる田の神としては大隅地方では一番古い。450ほどあるとされている県下の田の神の中では19番目の古さだという。

 隣の幽邃な社叢林をもつ鬼丸神社は、祭神が祢寝重長(しげたけ)で祢寝氏第十六代、戦国時代末期に同じ大隅の古族・肝付氏とは時に敵対しながらも、島津氏相手に戦い抜いた勇将である。
 
 しかし次の17代重張の時に、ついに島津氏の軍門に下り
薩摩半島西部の吉利郷に移封され、根占を明け渡した。