大崎町の史跡
横瀬古墳
マップ

 東串良町の唐仁古墳群に並び国の指定史跡に
なっている横瀬古墳は、水田の中に単独で秀麗な
姿を見せている(写真@A)。向って左の円墳に見え
る部分が後円部で、右手の樹林に覆われている部
分が前方部である。
 主軸の長さ118メートルとされていたが、再調査で
周濠が確認され、それまでを含めると148メートルを
数える。後円部の高さ15.4メートルで直径は70メート
ルに近く、唐仁一号墳と殆ど変わらない。
 ただ前方部がかなり高いのが特徴で、これは古墳
時代中期以降の様式であり、唐仁一号墳よりは新し
い時代の物であるということが分かる。

 出土品に円筒埴輪があるが、古墳からの出土例
としては志布志の飯盛山古墳のつぼ型埴輪と、つい
最近同じ大崎町の神領古墳での武人埴輪があるだ
けで珍しいものである。さらにまだ不可解な物がある。
それは伽耶系の土器で、北部九州経由で入って来た
のだろうとされるが周辺では発掘例がなく、入手経路
ははっきりしない。
 唐仁古墳の所で触れたが、被葬者は航海民の首長
ではないかとしてもあながち否定は出来ないだろう。

神領古墳群
マップ

神領古墳群は田原川と持留(もちどめ)川との
合流点の内側の舌状台地に位置し、標高20メ
ートル内外、現在の海岸からは約3キロほどの
内陸にある。

 このあたりの丘を昔から「天子ヶ丘」と呼び習
わしていた。明らかに前方後円墳と分かる天子
ヶ丘古墳の後円墳頂から、昭和37年になって
二面の鏡が発掘された。日光鏡と変形獣帯鏡で
ある。日光鏡には銘帯があり「見日之光、長毋
損壊」(日の光に見えんがため、とこしなえに損
壊するなかれ)という銘文が刻まれていた。

 平成18年の夏、発掘調査が行われた10号墳
から、県内初の甲(かぶと)を被った精巧な「武人
埴輪」(5世紀前半)が見つかり、大きな話題となっ
ている。
  
 大崎町にはこの他にも飯隈古墳群が国道220
号線を挟んだ北側に所在する。

 左は武人埴輪(鹿大研究博物館の「news
letter」誌 15 2007.3.20発刊より転載)

現在、宅地化されつつある
    神領古墳群

上の写真@(全景) 下の写真A(後円部)