『古事記』から学ぶおおすみ歴史講座


 第3回  天照大神と須佐之男命

※父であるイザナギノミコトに天上界から追放されたスサノヲノミコトは根の国(母イザナミノミコトのいる国)へ下る前に天照大神に会って事情を話しておこうと、高天原に昇って行った。

概     略 備 考
スサノヲ

昇天
 スサノヲが昇ってくると知ったアマテラスは「国を奪うのではないか」と思い、髪をミヅラに結い、手と体に勾玉を巻き付け、背には靫を負い、弓を構えつつ四股を踏み、稜威の雄叫びを上げて待ち構えた。
 スサノヲは自分には国を奪おうという穢い心は無いと言うが、アマテラスは疑心暗鬼であった。
・天照大神が巻いた玉は正確には「八尺勾玉五百箇御統珠」(やさかのまがたまのいほつみすまるのたま)という。
天の安河

誓約

(うけひ)
 二神は、天の安河を間において誓約によって子を生んで心の清濁を決めようということにした。
 まずアマテラスがスサノヲの物実であるトツカノ剣を三つに折り、そこから三女神が生まれた。タキリビメ(オキツシマヒメ)・イチキシマヒメ(サヨリビメ)・タキツヒメという。
 次にスサノヲがアマテラスの持つ勾玉を物実として五男神を生んだ。アメノオシホミミ・アメノホヒ・アマツヒコネ・イクツヒコネ・クマノクスビという。
 アマテラスが最初の三女神はスサノヲの物実に因るのでスサノヲの子、あとの五男神は物実がアマテラスの勾玉なので自分の子であると宣言した。
・三女神は「宗像神社」が祭っている。胸形族の守護神である。
・五男神の長子であるアメノオシホミミは倭人伝上の投馬国王。
・アメノホヒの子のタケヒラトリは出雲国造の祖で、出雲大社社家千家の祖先でもある。現在85代目。
スサノヲ

勝さび
 スサノヲは自分の子が女神であるので「我が心は清明である」として勝利を宣言し、勝ち誇って高天原のアマテラスの水田を壊し、大嘗祭を施行する殿に糞をまき散らしたりして暴れた。しまいには神衣を織る忌服屋の屋根を破り、そこから天の斑駒の逆?ぎにしたのを投げ込んで機織り女を死なせてしまった。 ・『延喜式』大祓詞の中の「天つ罪」に田を破壊する罪、糞を撒き散らす罪、動物を逆?ぐ罪などがある。
天の
石屋戸
 アマテラスはスサノヲの暴虐を目の当たりにして「天の石屋戸」にさし籠ってしまった。すると高天原も葦原中つ国もみな暗くなり夜が続くようになった。そしてさまざまな災いが天地に満ちるようになった。
 そこで八百万の神は天の安河の河原に集まってタカミムスビの子のオモイカネ(思金)に考えさせた。その結果長鳴き鳥を集めて鳴かせ、天の金山の鉄を採って鏡を作らせ、勾玉を作らせ、真男鹿の肩甲骨を抜き、真榊に鏡・玉・御幣を取り付けて太祝詞を唱えさせた。そして最後にアメノウズメが八百万の神々の前で裸踊りを踊ったところ高天原に八百万の神々の笑い声が響き渡り高天原が振動するほどになった。
 アマテラスはなぜ自分がいなくて真っ暗なはずの高天原が大賑わいなのか―といぶかり、岩戸を少し開けたところ、待機していたタジカラヲによって石屋戸から引っ張り出された。すると即座に天地が明るく、元に戻った。
 八百万の神々はスサノヲを処罰することに決め、「千位の置き戸」を背負わせ、髭を切り、手足の爪を抜いて追放した。
タカミムスビは独り神であるからオモイカネという子がいるはずは無い。実の肉身の子ではなく、神系統としての擬似的親子関係であろう。
・鏡はイシコリドメ、玉はタマノオヤ、太祝詞はアメノコヤネがそれぞれ担当した。アメノコヤネは藤原氏の祖先という。
五穀

起源
 スサノヲは追放される途中、食べ物をオオゲツヒメに乞うた。オオゲツヒメは鼻・口・尻から食べ物を出したので、スサノヲは穢れているとしてオオゲツヒメを殺してしまった。
 殺されたオオゲツヒメの身体からは蚕・稲種・粟・小豆・麦・大豆が生まれた。
・神の身体から様々な穀類やイモ類が成るという神話は東南アジアなどに多いという。
スサノヲ

大蛇退治
 高天原から出雲の鳥髪(峯)に降りたスサノヲは肥(斐)の川に流れて来た箸を見て上流に人が住んでいると思い、訪ねて行った。すると川のほとりに二人の老夫婦がおり、童女を中にして泣いていた。スサノヲがそのわけを訊くと、8人の娘がいたが、毎年、越から八俣大蛇がやって来て娘を食べてしまうという。
 スサノヲは娘を助けようと老夫婦に酒を準備させ、やって来た八俣大蛇に飲ませ、酔ったところでトツカノ剣で大蛇を切り刻んだ。尾を切った時に刃毀れがし、中から太刀が出て来たので、これは天照大神に献上した。
 スサノヲは出雲の須賀に宮を造ることにした。この時に歌を詠んだ。
  <八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 
               八重垣作る その八重垣を>
 老夫婦を宮主として「稲田宮主須賀之八耳神」と名付けた。また娘の櫛名田比売を妻とした。
 その子ヤシマジヌミ、その子フハノモヂクヌスヌ、その子フカブチノミヅヤレハナ、その子オミヅヌ、その子アメノフユキヌ。そしてその子(スサノヲの七世の孫)オオクニヌシ(大国主)が生まれた。オオクニヌシの異名は4つあり、大穴牟遅神・葦原色許男神・八千矛神・宇都志国玉神という。
・「八雲立つ」の歌は万葉集の第1番目の歌「籠もよ み籠もち…」(伝、雄略天皇御製)より古く、ヤマト歌の最初と言われる。
・「櫛名田」とは「奇し稲田」であろう。秀でた田んぼの意味。
・老夫婦はオオヤマツミ(大山津見神)の子だと言い、その子のクシナダヒメと結ばれたのは、天孫のニニギがオオヤマツミノの子カムアタツヒメと結ばれたのとほぼ同じで、この説話は出雲族の天孫降臨説話といってよい。
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