『古事記』から学ぶおおすみ歴史講座


  第9回 第2代~9代天皇(欠史八代)

第2代綏靖天皇から第9代開化天皇までの内容(事績)は宮殿名と后妃・皇子皇女・崩御(死亡)年齢及び御陵(墳墓)の場所が列挙されているだけで、「何をどうした」という事績が書かれていないので通例としてこの8代の天皇の時代を〈欠史八代〉と呼びならわしているが、実は第2代綏靖天皇については若干の(と言っても非常に重要な)事績が書かれている。したがって正確には〈欠史七代〉というべきであると思う。
 皇子皇女名などが繁雑になるのでこの天皇8代については一覧表にまとめた。ただし后妃と皇子皇女名についてはすべてカタカナ表記に統一した。天皇名の下の( )は皇子時代の名である。

天皇名 宮の名 后妃 皇子・皇女 崩御年齢 御陵 備考
2綏靖天皇
(神沼河耳)
葛城
高岡宮
カワマタヒメ
(師木県主の祖)
・シキツヒコタマデミ 45歳 衝田岡
(高市郡)
書紀では「長く朝機を経た」とある(※)
3安寧天皇
(師木津彦
 玉手見)
片塩
浮穴宮
アクトヒメ
(カワマタヒメの兄・県主波延の娘)
・トコネツヒコイロネ
・ヒコスキトモ
・シキツヒコ
49歳 畝傍山麓 片塩は北葛城郡にある地名
4懿徳天皇
(大倭彦鉏友)

境原宮
フトマワカヒメ
(師木県主の祖)
・ミマツヒコカエシネ
・タギシヒコ
45歳 畝傍山麓
真名子谷
の上
軽は高市郡にある地名
5孝昭天皇
(御真津彦
 訶惠志泥)
葛城
掖上宮
ヨソタホヒメ
(尾張氏祖・奥津余曽の妹)
・アメオシタラシヒコ
・オオヤマトタラシヒコ
 クニオシヒト
93歳 掖上の
博多山
掖上は南葛城郡にある地名
6孝安天皇
(大倭帯日子
 国押人)
葛城室
秋津島宮
オシカヒメ
(天皇の姪)
・オオキビモロススミ
・ネコヒコフトニ
123歳 玉手岡 玉手は南葛城郡にある地名
7孝霊天皇
(大倭根子
 日子賦斗邇)
黒田
廬戸宮
クワシヒメ
(十市県主・大目の娘)
チチハヤマワカヒメ(春日)
クニアレヒメ
ハエイロド(クニアレヒメの妹)

・ネコヒコクニクル
(母はクワシヒメ)
・チチハヤヒメ
(母はマワカヒメ)
・モモソヒメ
・サシカタワケ
・イサセリヒコ
・トビハヤワカヤヒメ
(上の母はクニアレ)
・ヒコサメマ
・ワカタケキビヒコ
(上の母はハエイロド)
106歳 片岡の
馬坂上
・片岡は北葛城郡にある地名
・イサセリヒコは別名が大吉備津彦
・モモソヒメの墓が箸墓である
8孝元天皇
(大倭根子
 日子国玖流)

境原宮
ウツシコメ
(穂積氏祖・内色許男の妹)
イカガシコメ
(内色許男の娘)
ハニヤスヒメ
(河内の青玉の娘)
・オオヒコ
・タケイココロ
・ヒコオオビビ
(上の母はウツシコメ)
・フツオシマコト
」(母はイカガシコメ)
・タケハニヤスヒコ
(母はハニヤスヒメ)
57歳 剣池の
中岡の上
・剣池は高市郡にある
・フツオシマコトの子が武内宿祢である(母はウズヒコの妹・ヤマシタカゲヒメ)
9開化天皇
(若倭根子
 日子大毘毘)
春日
伊邪河宮
タカノヒメ
(丹波大県主・由碁理の娘)
イカガシコメ(継母)
オケツヒメ
(和邇氏祖・国意祁都の妹)
ワシヒメ
(葛城垂水宿祢の娘)
・ヒコユムスミ
(母はタカノヒメ)
・ミマキイリヒコイニヱ
・ミマツヒメ
(上の母はイカガシコメ)
・ヒコイマス
(母はオケツヒメ)
・タケトヨハヅラワケ
(母はワシヒメ)
63歳 伊邪河の
坂上
・春日は奈良市内にある地名
・ヒコイマスの系譜として―オオツツキタリネ―カニイカヅチ―息長宿祢王―息長帯比売(神功皇后)を載せている
 
※第2代綏靖天皇の時代について、『古事記』では神武天皇の后妃でカムヤイミミ・カムヌナカワミミ皇子の母であるイスケヨリヒメを神武天皇亡きあとに「娶った」と記す。
 また『日本書紀』の「綏靖紀」では、「(カムヌナカワミミが)48歳の時に神武天皇が崩御した。カムヌナカワミミは孝行者でいつまでも神武天皇を偲んでいた。(日向から来た腹違いの)庶兄であるタギシミミは年齢が高い人で、久しい間朝機(ちょうき=朝廷の仕事)を経験していたので、この兄に(朝機を)委ねていた。しかし、もともとタギシミミは仁義の人ではなく、諒闇(神武天皇の忌中)に二人の腹違いの弟を殺害しようとしていた・・・・・・」と日向から神武天皇と一緒に東征して来たタギシミミを誅伐した理由を記すが、この中で注目しなければならないのが、タギシミミが「久しく朝機を経験していた」という箇所で、この描写は事績というべきであろう。
 これの意味するところは、タギシミミはその頃「天皇の位にあった」ということである。では何天皇かと言えば、実は「タギシミミこそが南九州投馬国から東征して来た神武天皇その人」に他ならない――そう考えて差支えない。
 この重大な事績を見落としている研究者が多いのには首をかしげるのである。

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