大慈寺
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 大慈寺の創建は興国元(1340)年、開基は当時志布
志城主であった楡井頼仲(1300?〜1357)であり、開
山は玉山玄提禅師である。臨済宗・京都妙心寺に属し、
百年後には臨済宗十刹のひとつとなっている。

 藩政時代には寺領592石、寺域八町四方に及び、最も
盛んな頃は雲水(修行僧)百を数え、藩内に末寺七十
余りを持つほどだったという。

 明治二年の廃仏毀釈騒動で大小の殿宇が灰燼に帰し
たが、十二年に官許によって寺号を回復し再興して今日
に及んでいる。幸いにも寺宝や古文書の大半は無事で
郷土文化はもとより、中世史の解明に大きな役割を持つ。

〈開山・玉山禅師について〉

名を玄提といい、初め京都南禅寺の大明国師の
法嗣となり、後に中国に渡り天童山浄慧禅師に
八年間師事し玉山の号を与えられた。
 帰朝後、豊後に崇聖寺を創建して強化に努め
ていたが、興国元(1340)年に楡井頼仲に招請さ
れて志布志に着任し、大慈寺を開いた。
 正平六(1351)年五月二十五日、開山堂の建つ
地において、生きながら地下の石室に入り入定し
たと伝えられている。134歳であったという。

〈楡井頼仲について〉

楡井氏は清和天皇系信濃源氏の末裔で、信濃の国
高井郡楡邑の出身と伝えられている。
 肝付兼重の没後は南朝方の中心として活躍したが
北朝方の畠山直顕に敗れ、弟・頼重とともに延文二
(1357)年戦没した。

楡井頼仲の墓

大慈寺墓地への入り口

長野県須坂市からの楡や杉が植えられている

大慈寺本堂

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