【記紀を読む】 〜神話の部(古事記)〜

 
    D 大国主神


※前項Cの須佐之男の出雲国降りからこの大国主神の項までを「出雲神話」と呼ぶが、日本書紀の神話構成の中にこのDに相当する内容はない。出雲神話は古事記の独壇場である。

概     要 備  考
(1)
 稲羽の素兔
 オオクニヌシには80人の兄弟神があったが、オオクニヌシが出雲国を治めていた。
 それと言うのもオオクニヌシが隠岐の島から稲羽(因幡)に渡ろうとして鰐を橋替わりにした兎が、騙されたことに怒った鰐によって毛皮をすっかり剥がされて困っているところを助けたからである。 これに対して八十神たちはいい加減なことを言って兎を一層痛い目に遭わせている。
 兎の感謝の言葉は「八十神は八上比売(やかみひめ)を得られず、あなたこそが得るでしょう」―であった。
素兎…しろうさぎ。身ぐるみはがされた兎。八十神は「海水で身体を洗い、風に吹かれると良い」と言い、その通りにしてひどい目に遭った。
八上比売…鳥取県八頭郡八上の豪族。八十神みなが妃に迎えようと思っていた。
(2)
 八十神
   の迫害
 上の経緯を知った八上比売はオオクニヌシを夫に選んだが、八十神の嫉妬にあい、オオクニヌシは様々な試練に遭わせられる。
 まずは、巨大な焼石をオオクニヌシに受け止めさせて殺したが、御親(母)が天上のカミムスビ命に頼んで蘇えらせてらった。
カミムスビ…神産巣日。高御産巣日命と対。一番最初に生成した天御中主神を含め「造化の三神」と言われる。『延喜式』巻九「神名上」によると<宮中の神>の中の「御巫の祭る八神」にタカミムスビとともに入っている。
(3)
 根の国訪問
 八十神は今度はオオクニヌシが山に入ったところを、切り倒した大木に隠しておいた氷目矢で打ち殺した。
 今度もまた母神が生き返らせたが、ここでは危険と考え、木(紀伊)国の大屋毘古神のもとへ行かせることにした。八十神はそこまで追って来たが、うまく逃れさせたオオヤビコはスサノヲの居る根の堅州国へ行くよう勧めた。
 オオクニヌシがスサノヲの所に行くと娘の須勢理比売がおり、父神に紹介された。オオクニヌシはそこで蛇・ムカデ・蜂・火による様々な試練が与えられるが何とか切り抜ける。
 最後にはスサノヲの髪を大室屋の垂木に括り付け、生大刀・生弓矢天の詔琴(ぬごと)を持ってスセリヒメとともに逃げようとした時に、天の詔琴が木に触れて大音を発して地鳴りがしたのでスサノヲに気づかれるが、黄泉比良坂まで逃げおおせることができた。
 スサノヲは大国主神を呼ばわって、「宇都志国玉神となり、娘を正妻とし、宇迦の山本に底つ石根に宮柱ふとしり、高天原に氷橡(ひぎ)高知りて居れ」と言った。
 オオクニヌシは生大刀・生弓矢で八十神たちを追い払い、初めて国を造った。
 因幡のヤカミヒメは正妻のスセリビメがいるために生まれた子を木の俣に挟んで帰って行った。その子を木俣神(御井の神)という。
大屋毘古神…おほやひこ。イザナミが大八島を生み終えてから、さらに生んだ十柱の神の6番目の神。
 この神と紀伊との関係は不明。ただ『延喜式』巻十神名下<紀伊国>名草郡に「大屋都比売神社」があるが、毘古神ではない。
生大刀・生弓矢…この生は「活(いかす)」の意で、活人剣・活弓矢と云うことだろう。
天の詔琴…あめのぬごと。託宣に使う琴で「仲哀紀」で仲哀天皇が琴を弾いたとあるのもその意味。
宇都志国玉神…うつしくにたま。宇都は「内」で、充実・完璧を表す。
(4)
 沼河比売
  への求婚
 ヤチホコノの神(オオクニヌシ)は高志(越)の沼河比売のもとに出かけ、求婚の歌(長歌)を詠った。ヌナカワヒメもこれに応えた。
(※長歌は長いので載せない。ヤチホコの歌は「妻問い」の内容で、ヌナカワヒメはそれを受け容れるという歌を返している。)
・天馳使…あまはせづかひ。歌の中に出てくる聴きなれない名辞だが、鳥のことである。
(5)
須勢理毘売
   の
  嫉妬
 正妻のスセリビメはヌナカワヒメを嫉妬したが、倭(大和)に上ろうかという時に詠んだオオクニヌシの弁明の歌にほだされて歌を詠んで返す。別れの盃を手にして以下のように詠んでいる。

 【ヤチホコの 神の命や 吾がオオクニヌシ 汝こそは 男にいませば うち廻る 島の崎々 かき廻る 磯の崎落ちず 若草の 妻持たらせめ 吾はもよ 女にしあれば 汝をおきて 男は無し 汝をおきては 夫も無し 綾垣の ふはやが下に 苧衾(むしぶすま) 柔やが下に 栲衾(たくぶすま) さやぐが下に 沫雪の 若やる胸を 栲綱(たくづぬ)の 白き腕(ただむき) そだたき たたきまながり 真玉手 玉手さし枕(ま)き 百長に 寝をし寝せ 豊御酒 奉らせ】


 スセリビメはこう詠って、盞結(うきゆい)し、ヤチホコとうながけり合った。この結果、スセリビメの嫉妬は止み、永く鎮まった。
 この歌を「神語(かみがたり)」という。
盞結(うきゆい)…原文では「宇伎由比」。盞は盃のこと。固めの杯を交わすことで、お互いに心変わりのないことを確認し合った。
うながけり…原文では「宇那賀気理」。「うな」は「項(うなじ)」で、「がけり」は「掛けり」。併せて「首に手をかける」こと。抱擁し合ったということである。
(6)
 大国主神
    の
   神裔
・多紀理毘売(タキリビメ・胸形の奥津宮)との子
  阿遅鋤高日子根神(アヂスキタカヒコネ)・高比売神(下照姫)
  ※アヂスキタカヒコネは別名「迦毛大御神」(かものおおかみ)
・神屋楯比売との子
  事代主神(コトシロヌシ)
・鳥耳神(トリミミ・八島牟遅能神の娘)との子
  鳥鳴海神(トリナルミ)…第二世代
 ※以下は鳥鳴海神の子孫の系譜になる。
  ・日名照額田毘道男伊許知邇神(ヒナテルヌカタビチヲイコチニ)
との子
 国忍富神(クニオシトミ)…第三世代
 速甕多気佐波夜遅奴美神(ハヤミカタケサハヤヂヌミ)…第四世代
 甕主日子神(ミカヌシヒコ)…第五世代
 多比理岐志麻流美神(タキリキシマルミ)…第六世代
 美呂浪神(ミロナミ)…第七世代
 布忍富鳥鳴海神(ヌノオシトミトリナルミ)…第八世代
 天日腹大科度美神(アメノヒバラオホシナドミ)…第九世代
 遠津山岬多良斯神(トホツヤマサキタラシ)…第十世代  
阿遅鋤高日子根神…出雲風土記の中ではほとんど事績らしきものがなく、むしろ大和葛城に「高鴨阿治須岐託彦根命神社」の祭神として祀られている。京都の下鴨神社の主祭神・鴨建角身(かもたけつぬみ)と同一神であろう。
事代主神…八重言代主神とも書く。この神も葛城に祭神とする神社がある。
(7)
少名毘古那神
 との国造り
 大国主神が出雲の御大(美保)の岬にたたずんでいると、海の向こうから天の羅摩船(かがみのふね)に乗ってやって来る神があった。誰もその名を知らなかったので崩彦(くえひこ:田の案山子)に聞くと「カミムスビの子で少名毘古那(すくなびこな)神」という。カミムスビに問うと間違いないなく、「葦原色許男(大国主の別名)と兄弟となって国を造り固めよ」と命じられた。
 スクナヒコナは「吾を倭(やまと)の青垣の東の山の上に拝し奉れ」と言ったが、この神こそ御諸山(みもろのやま:三輪山)におわす神である。
崩彦…原文では「久延毘古」と書く。今は「山田のソホド」と言い、足は歩かないが天下のことをすべて知っている神ーと注釈がある。
御諸山…三輪山。麓の三輪明神は祭神・大物主(オホモノヌシ)である。
(8)
大年神の後裔
 大年神の子は次の通り(十六神)。
 ・大国御魂神・韓神・曽富理神・白日神・聖神(母は伊怒比売)
 ・大香山戸臣神・御年神(母は香用比売)
 ・奥津日子神・奥津比売神・大山咋神(山末之大主神)・庭津日神・阿須波神・波比岐神・香山戸臣神・羽山戸神・庭高津日神・大土神(母は天知迦流美豆比売)

 羽山戸神の子は以下の通り(八神)。
 ・若山咋神・若沙那売神・弥豆麻岐神・夏高津日神・秋毘売神・久久年神・久久紀若室葛根神
大年神…この段に大年神が挿入されているのは不可解である。大年神はスサノヲが出雲降りをしたあとに、2番目の妻・カムオオイチヒメに産ませた穀物神である。弟に宇迦之御魂神がいる。

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